自主独立ということ。味方がいないと思う夜に

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私の母校であり、寂しいことに今はもうなくなってしまった水俣第三中学校の校歌の一節には、「独立と自主の世代を」というステキな言葉がありました。

自主独立とは、イミダスによると「他からなんら保護または干渉を受けることなく、自分の責任でことを行うこと。自力で行動すること。」とあります。

今は手元に資料がないですが、母校の中学校ができたのは1961年ですから、先ほどのワンフレーズにその時代の政治的思想を連想したとしても、そんなに的外れではいないだろうと予想します。(田舎の資料はどんどん風化して消えていくので、こんなへんなことも書いておきます)

それでもわたしはこの自主独立というワンフレーズを当時から好んでいて、今も好きでいます。

さて、この校歌を覚えてから、ブログを書く今日までにもう30年が経とうとしています。わたしは成人しても就職しなかったので、ひとり勝手に、この校歌が理想とするような「独立と自主の世代」を体現して、ここまで生き抜いてきています。

おかげで自主独立においては高い経験値を蓄えたと自負しています(逆に言うと、今日まで必死に自主独立の生き方をせざるを得なかったのですが)。この自主独立の生き方でよかったなと思う点は、「いまある自分の結果を人のせいにしない」という考え方が、徹底的に身についたことです。

カッコ良く言えば、それはとても建設的な思考であり、そして、実はとても寂しくもある道です。一言で言うと、「甘えられない人生」です。

ひとりで働いていると、批判を受けるのは自分ひとり。そして、つらいときに褒めたり、慰めてくれる人はいません(結婚したら辛さも半減したけども)。

寂しく思うこともありましたが、それでもわたしは自主独立を好み、そんな中で15年過ごしました。

結果、良いことが起こりました。

いま、わたしの友達や、わたしが慕う先輩の共通項は、全て、この「自主独立」という言葉であらわされます。

わたしの友達や先輩は、つらい仕事を一緒にしながら仲間になった人たちです。一緒に戦場に行ったとしても、死ぬまで信用できます。

このつながりは、偶然できあがったのかもしれません。しかし、わたしはこのつながりを誇らしく思います。

みんな自主独立して忙しいので、馴れ合いの時間はありません。お互い会っても一年に一度です。しかし、おなじ時代を生きている嬉しさがあります。

わたしが「いいな」と思うような、自主独立の精神で動く人は、群れようとせず、モクモクと仕事をしています。そんなイカしたいい人と出会うためには、自分もモクモクとやるしかないです。それが一番、自主独立の生き方をする誰かの、心の内を知る方法となります。わたしが寂しく感じていたときに、SNSや酒場で友達を探そうとしていたら、変な友達ができていたかもしれません。

もし、今、ひとりで大変な思いをしていて、味方がいないと感じている人がいる人がいたら、その人にエールを送ります。

わかる人は、必ずわかってくれる。

そもそもにおいて、群れていて自主独立がわからない人には、死ぬまでわかる話ではないよ。わからない人とは交わらないことだよ。

一緒にモクモクやろう!

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