心理学を学ぶ人の「イタさ爆発」について

心理学を学ぶ人の「イタさ爆発」について

アドラー心理学を学ぶ先輩がセミナーを開いた。
そのなかで「宗教と心理学は何が違うのか」という趣旨の質問を受けたと聞いた。
面白いので自分もその質問について考えてみました。

宗教と心理学の違いについて

宗教にあって、心理学にない点が3つある。
1.宗教には絶対的な崇拝の対象がある。
2.宗教は死生観や、ときに奇跡について語る。
3.1と2から導き出された、倫理(救済)の教えがある。

心理学はあくまで心の作用について取り扱うものだ。
アドラー心理学は
「気持ちを持ち直したい」
「より楽に人と付き合いたい」
そのためにどんな勇気づけをしていけばいいか、といった点にフォーカスをあてている。
すぐにでも生活で使えるもので、実学的なのだ。

宗教と心理学に共通して感じる違和感

と、ここまで考えて、「どうやら質問者の聞きたい答えはこれではないらしい」
ということに思い当たる。
質問者の思いを、(推測ではあるけど)意地の悪いストレートな質問に変換してみよう。
それは
「第一印象では、宗教の信者も、心理学を学ぶ人も、どっちも薄気味悪く感じますが、何が違うのですか?」
だ。

僕自身、「薄気味悪いな」という印象を持った心理学のビデオを見たことがある。
そのビデオはグループで理論の演習(ロールプレイ)をするものだったが、
理論ばかりが先行して、とても回りくどい内容。
浮世離れした空理空論だった。
加えて、僕の印象をとても悪くしたのは、身に着けている着衣が、一般からかけ離れた「ダサい」ものだったのである。それは、寝間着ですかと。

他と全く交わらない危うさについて

ひとつの理論や観念を妄信して、一般的な社会から浮いた集団は、「イタい連中」となる。
質問者は、その危うさから距離をとりたいという感覚から質問を発したのではないか。

たしかに、このような偏見を助長するようなことを言うと、不快に思う人もいるかもしれない。
しかし、「人からどのように見えるか」というバランス感覚を無視した実学はありえないと思うのだ。
スーツ着用がマナーとなっている会議へ、ジャージで行きますかということだ。

僕ならこう答えます

ということで、先の質問に、僕ならこう答えます。
先の、宗教と心理学の違いを指摘したうえで、
「理論の内容より、その心理学を伝える人自体をみることです。
あなたにとって受け入れられないコミュニティーなら近づかないことです。 」

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