アドラー心理学の「目的論」で観察できるようになると、落ち着きが生まれます

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「変な行動」をする人

若い時ほど人間関係を選べませんでした。
選べていなかった頃は、いろいろ「変な行動」をする人が近くにいました。

「変な行動」っていうのは、たとえばですね・・・。

私をわざと怒らせて、徹底的にからかって、関係を持とうとする人がいました。
楽しい人のそばにいたい私には、意味が分かりません。
もっと陰湿だと、こちらに面と向かわずに、声が聞こえるか聞こえないかぐらいの距離で
からかってくる人もいました。

こういう人は、わたしに「みじめさ」「いらだち」を感じさせることを期待しています。
下だと感じる人を探して、ターゲットを傷つけて、優越を感じたい人たちがとる行動です。

そういう付き合い方が当たり前になっちゃっている人は、大人でも結構いるはずです。
同じ職場にいたら、しんどいね。

今の私は、そのような人にもし出会ったら、「全力で遠ざかるべき人だ」と判断します。
それこそ走って遠ざかります。

不孝感を感じながら生きている人というのは、その代償として、
他人を傷つけて優越を感じようとしているのかな?
と思います。
こちらからすると、いい迷惑です。

自由に生きている人って、
「相手を下に落として優越を感じよう」というメンタルを
まったく持っていないんですよね。
それぞれが日々、自分のやっていることに忙しい。
フリーランスは、その面ではすごくいい仕事だと思いますよ。
嫌な人に出会うことが少なくなる。

「正当性」より、「目的論」で考える

「変な行動」をとる人は、おそらく自分自身の心のありようが、
理解できていないんじゃないかな?

「変な行動」をするのは、さすがに表面的にはそうするのがダメだと知っているので、
いろんな言葉で正当化しています。

正当化の言葉の例

たとえば・・・

「周りの人もばかにしているから、私ものっかってそうしよう。グループに嫌われたら怖いし」
「あいつのせいで俺の気分が悪くなった。あいつは当然罰を受けるべきだ」
「あいつを調子にのらせたら面倒だから、調子に乗り出す先にこちらが上だと教えこませよう」

もっとあるかもしれませんが、だいたいこんな理屈かな?気持ち悪いな。

正当化を繰り返すのは、思考停止

自分に都合の良い理屈で「正当性」する言葉を頭の中で何度も何度も考えいるのは、
それは、実は思考を停止しているのと変わりません。
昨日と同じ考え、昨日と同じパターンで動くのは、停止状態で、成長がありません。

そして、冷静さというものは、客観的な視点が必要です。
自分行動の目的を「なぜ自分はそうしたいのか?」と振り返る力がなくては、
冷静さは手に入りません。

その行動を「なぜそうしたか?」を考える

感情や言葉は、目的のための道具

「優越を感じてもしょうがないじゃない、だって相手がダメなんだもん」
と考えているうちは、自分の目的は見えないまま、
冷静さは手に入らないままです。

目的という焦点で考えられるようになると、
「優越を感じたい。優越を感じないとやり切れない」
という自分の目的が見えきます。

自分の使っている言葉や、使っている感情は、その目的を達成するための道具にすぎないんです。
道具の方に目を向けても、自分という人間は分かりません。

目的が見えると、ほかの可能性が見える

自分の目的が見えたら、
そこではじめて、「違う目的も選べるかもしれない」と
初めて考えることができます。

・・・素直な人なら。

「変な行動」をする人に、素直な人は少ないので、それを教えることはできません。
自分で気づくしかないんです。
だから私は「変な行動」の人が現れたら、走って逃げます。

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